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2026年04月 アーカイブ

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ヒュースケンの墓

先日、明治通りの光林寺に桜を見に行き、オランダ人・ヒュースケンのお墓にお参りした。
ヒュースケンとは――
幕末期、日本は外国からの開国要請と、国内の譲位運動の狭間で揺れていた。
米国領事館ハリスの秘書兼通訳として、幕府との日米修好通商条約の締結にあたり、交渉に当たったのがヒュースケンという20代の青年だった。
オランダ語の通訳しかいない幕府側と交渉するには、オランダ語と英語のバイリンガルであるヒュースケンが必要だったのだ。
しかし、譲位派にとっては憎むべき存在で、1981年1月15日、今の古川橋あたりで薩摩の脱藩浪士によって暗殺された。
28歳で異国の地に散ったヒュースケンは、近くの光林寺に埋葬され、今もそのお墓がひっそりと残っている。
私の尊敬する先輩ご夫妻が、桜の頃、いつも光林寺を訪れて、お花見をしつつヒュースケンの墓に参るのだと言うのを聞いて、今年は私もお供させてもらった。
「こういう人を忘れてはならない。かわいそうに・・・」と先輩は語っていた。
光林寺の桜が圧巻だということは知られていないので、誰もいない境内の桜を満喫。
英語で書かれた墓石に手を合わせて来た。

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