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2006年06月 アーカイブ

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この一ヶ月。

オサムの死のことを書いてから、このページを更新する元気が出なかったが、それでも仕事はしていた。
五月末に大河の最終回の初稿を書き上げ、それから次の単発ドラマも、既に1本書き上げちゃった。
内容についてはまだ発表できないのだけれど、大阪弁のドラマで、楽しかったというか、ホッとした。原稿を書きながらホッとするという感じを味わったのは初めての経験。大河で疲れていたんだな~と思う。
今日は来年の1月からの連ドラ企画の打ち合わせ、明日は、時代考証を経た「功名が辻」最終回の内容をプロデューサーと検討し、明後日からは次の単発の勉強だ。
そうだ、明後日は父の命日だった。一年ぶりに墓参りに行こう。

話は変るが、7月2日からの東芝日曜劇場「誰よりもママを愛す」の主役夫婦の名前が、一豊(田村正和)と千代(伊藤蘭)。笑ってしまった。8時も9時も一豊と千代のお話だ。

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オサムが死んだ・・・。

昨日の朝、猫のオサムが死んだ。
いつも寝ていた私のベッドで、私の腕の中で逝った。
今年の1月18日に死んだマコト(16歳)は、動物病院のゲージの中で息を引き取ったので、オサムが逝く時は家で見送りたいと願っていた。だからそれだけが救いではある。
満19歳になる2週間前の死だった。
動物病院の先生も「僕は老衰と言う病気はないと思って来たけど、オサム君の場合は老衰ですね」と言っておられた。
目も見えにくく、耳も聞こえにくく、足腰も弱って、トイレに向かっても間に合わなくなっていたけれど、夫と私のことはわかっていたし、最後まで気持ちは通じていたと思う。
意識不明になる前まで、私のパジャマの上着の中に頭を突っ込んで来て甘えていたし・・・。
最後は痙攣が来て、呼吸が苦しそうになって、「お母さんがついてるから、こわくない、こわくない」と抱きしめて語りかけていたら、ふっと動かなくなった。
19年、心底かわいがったと思うし、オサムが私達夫婦に与えてくれたしあわせは計り知れない。
マコトの時もそうだったが、やるだけやったと思うので、涙は出なかった。悲しみより感謝。そして脱力感が残っている。
今年、ずっと一緒に生きて来た2匹の猫を失った。
でももうこれから20年近く生きる動物を飼うことは、最後まで責任がもてないので、しないつもりだ。
オサムとマコトが、我が家の最初で最後の猫だった。

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本能寺&ワールドカップ

Wカップ日本初戦の前に、今日の大河ドラマは『本能寺』
お忘れなくネ!

スポーツ好きの友人の意見によれば、Wカップで日本が予選リーグを突破するとすれば、オーストラリアとクロアチアに1敗1分け、ブラジルに勝つというのである。
聞いたことのない予想だが、その根拠は、ブラジルが日本戦までに2勝していれば、ブラジルの誇りジーコに恥をかかせるようなことはしないだろう、という訳だ。
八百長ではないが、まあ適当にやってジーコに華を持たせることはありうる。ペレとジーコは、日本における長島茂雄以上の存在。サッカーの神様だ。試合の前にブラジルのすべての選手がジーコに挨拶に来るのは当然で、目の前で神様が、悲しい顔をするのは見るにしのびないだろう。
もちろん、ブラジルが2勝していなければ、あちらも本気で来るだろうが、2勝していて、更にジーコ率いる日本が1敗1分けのギリギリの状況なら・・・ブラジルは負けるかも・・・。
彼の説得力ある口調に、なるほどと思ってしまったので、ちょっと書いてみた。
こういう予想をする人、絶対いないでしょ。

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日本のイキ

幻冬舎文庫から『日本のイキ』というエッセイ集が出る。
6月9日発売予定。
週刊ポストに連載していたエッセイの中から、硬派な話をまとめたものだ。結構気に入っているので、ぜひ読んでいただきたい。

同じ6月9日21時より、NHK、BS2で『私が子供だったころ』という番組が放送される。まさに私が出ずっぱりで、私の子供時代を語ったもの。恥ずかしいけど、30才の若い監督の仕事は素敵なので、こちらもよろしかったら、どうぞ・・・。

11日、大河はいよいよ『本能寺の変』 信長と濃の死にっぷりがいい。肺を撃たれて息の苦しい信長の自害シーンは、舘さんの渾身の演技。1回から23回までの間で、最高の信長だ。濃姫の殺陣もなかなか。光秀と信長の間に挟まれて、ズタボロに撃たれて死ぬ姿と、このシーンのためだけに作られた蝶の模様の打ち掛け(短くたくして着ているが)が見もの。

テレビも本もご注目を!

秋田の小学1年生殺害事件で、何日か前に死んだ女の子の母親が逮捕され、村上世彰が逮捕され、
和田画家の芸術選奨が盗作で取り消され、奈良の小学1年生殺害事件の容疑者に死刑が求刑され、
・・・凄い1日だった。


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4日、9日、11日

ああ、もう6月!
2004年の暮れから、大河ドラマを書いていたと思うと、もう1年半も書いているということになる。
ん~・・・長い!
と思ったら、一昨日の夜から熱が出た。いよいよ疲れて来た感じ。
昨日の朝、医者に行って薬をもらい、ニンニク注射をしてもらったら、風邪の症状は楽になったけど、気力が出ない。もうちょっとで終わるのに・・・。
いつも連ドラは、最終回あたりで体調をくずす。決まったように・・・。

私はヘタレているけれど、放送は佳境。4日が本能寺前夜、11日が本能寺の放送だ。
私は4日の本能寺前夜の仕上がりが気に入っている。でも11日も本能寺の変はいい。今まで見たことないような本能寺のセットは、ちょっと蜷川さんの舞台みたい・・・。舘信長の自害するところも、今までにない死に方で切ない。あの信長が苦しそうに死ぬ様が、グッと来た。
見て下さいね。

あ、それと、6月9日の21時からNHKーBS2で、『わたしが子供だったころ』を再放送する。
本当に題名のごとく、私が子供時代を語る40分も語る番組で、30歳の若い監督が、自分でカメラを回しながら撮った、ちょっと変った番組だ。
私の顔は不細工だが、私の子供時代を演じる女の子が超かわいい。
こちらも、ご興味があれば・・・と小さい声で言っておこうっと。

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